UK Living
〜 イギリス日々の生活記録 〜



結婚式に参加する 」 の巻


TJ が 日本に移り住んで 約半年。
再び ワタシが イギリスへ行く機会が 廻ってきた。
2002年、2月の事である。

TJ の 兄 Jと、その婚約者 が 結婚する事に なったからである。

この2人は ワタシより 1つ年下である。
ケンブリッジ大学 在学中に 知り合ったのだが、付き合いだしたのは 5年程前。 しかも、TJ が カナダに居る時から 婚約はしていたものの、式の日取りが いつまで経っても決まらなかった。 H が アメリカの大学で 研究をしていたから なのだろうが、彼女が イギリスへ戻って来たのを機に 一気に ゴールインである!

「ケンブリッジ」で 既に お分かりの通り、この2人は ヒジョーに頭が良い。
実際、2003年の 現時点において、二人とも博士号を持っており H は リーズ大学で 数学の講師を、J は ロンドン大学の インペリアル・カレッジで コンピューター・サイエンスの 講師をしている。

うぅ〜ん、体力勝負の ワタシと TJ とは 大違いである(笑)。

それは さておき、TJ 兄カップルよりも 先に結婚してしまい、しかも 日本に住んでる ワタシ達 2人。 式に 参加しない訳には 行かない。 家族だもんなー。

TJ は当時は まだ パートで働いていたので、結構 簡単に 休みを取ることが出来た。
ワタシは、仕事に合わせて 休みを調整していたのだが、ちょうどその頃、かなり シリアスな 体調不良+派遣先の アホ・ボスとの 対立が有り、仕事を 辞める事に。 まぁ、休み期間も 気兼ねしなくて良いし、OKである。

当時はワタシが メインで働いていた為、収入もそれ程 多くない我々が イギリス行きの チケットを 購入出来る筈も無く、チケット代は TJ 兄と TJ パパが出してくれる事になった。 恩に着るよー!

丁度その時、まだ 名字の変更をしていなかった ワタシ。
「これがチャンスっ!」 と思ったのか、旅行代理店で チケットを購入する時 TJは 「イギリス名で 発行してください!」 と主張。
(この辺の経緯は 「国際結婚の部屋」 でどうぞ)

「チケットとパスポートの名前が違うと、飛行機乗れませんよぉ。」 と言う 係の人に 耳も貸さず 「ちゃんと それまでに 名前変えますから!」 と 1人張り切る TJ。

しょうがないなぁ。

チケットは TJ の 名字で 発行されてしまったので、ワタシは 区役所と 旅券センターを廻り、パスポートにも 「追記」 で TJ の 名前を 入れてもらう事に。

これで一応、準備 OK!

今回は、色々ネットで 情報を仕入れ、大韓航空での フライトである。
実は、料金が安いのも勿論だが、ワタシは 「機内食の ビピンパ」 に惹かれていた。。。 (←しかも、美味しかった!)

またまた 親友 Nちゃん に 空港まで 送ってもらい、POOH の 面倒も彼女に 「2日おきに お願いねー」 とお願いし、名古屋を 出発。 10日間の旅である。


大韓航空、機内食は トッテモ 美味しかったのだけど、英語が通じない 若い フライト・アテンダントが居て、ちょっと困った。

我々から 2席位前に座っている 人々が ビールを飲みまくっている。
「ウチも呑もうか?」 と アテンダントの お姉さんを引き止め、英語で 「ビール2つ 下さいな」とお願いした。 すると、彼女は 「トマト・ジュース?」 と 聞き返す。 どうして ビール が トマト・ジュース に 聞こえるのだ? こんな問答を 10分程 繰り返し、やっともらえたのが ビール1つ。。。 その後は 仕方が無いので 日本人のお姉さんを見つけて お願いしました。


今回の 結婚式は リーズで行われる為、ヒースローに到着後、我々は 地下鉄にて キングス・クロス駅へ向かい、そこから 列車にて リーズへ。 はぁっ 間に合わないかと思った。。。  大体、飛行機が到着したのが 夕方なので、リーズ駅に辿り着いた頃には 既に夜遅く。 TJ 兄の J が駅まで 迎えに来てくれていたので、宿泊予定の B&Bへ。

ワタシは一応 スーツを持参したのだけど、もうちょっと 変わったものが 着たいと思ったので、翌日は リーズ市内を 歩く、歩く。 結局 モンスーン にて フロア・レングス の ドレスを お買い上げー!

翌日は TJ 両親も 同じ B&B に合流し、J の 親友 P も来て 皆で夕食。 この P は 結婚式での ベスト・マン である。

大変だったのは 結婚式の 当日である。

朝、ワタシは、TJママが 予約を入れておいてくれた ヘアドレッサーにて 髪を セットしてもらいに。 かなーり時間がかかる。 しかも、言っては悪いが ヘタ!

その後、TJ は アッシャー(式での席案内係)なので、皆と 御揃いの スーツに着替えた後、J と P と共に 会場へ。 ワタシと TJ 両親は 着替える前に 『その夜の 披露宴会場+お泊り ホテル』となる ヘーゼルウッド・カッスル へ。 そこで 着替えやら お化粧やらをしていたその時、TJ ママが 重要な事に 気が付く。

「私の帽子が無いわ! 式でかぶる為に、何ヶ月も前から探して やっと見つけた 帽子が無い ナイ ない! そうだ、B&B に忘れて来たのよ! お父さん、どうしましょう?!」 ってな 具合だ。

いつもは動揺しない TJ パパ も少し 動揺気味。 B&B に電話を入れる前に 「じゃ、ボクが探しに行って、そのまま 直接教会へ行くから、君達2人は 教会までタクシーで来てね。」 と ホテルの部屋を 飛び出して行った。

パパが 帽子を取りに行ったので、少し安心したのか、あまり急ぎもせずに 再び支度を始める TJママ。 そこへ TJパパから電話が入り 「帽子有ったよー」 との事。 良かった 良かった。

しかし、問題は ここからであった。

既に 支度を済ませた 2人。
「まだ時間も有るし、じゃぁ 余裕を持って 教会へ行こうかしら。」 なんて、ホテルの フロントでタクシーを呼んでもらうことにした。 しかし、だ。 タクシーがつかまらない。 田舎の村なので、1台しか タクシーが営業して ないらしい(汗)。

「息子の結婚式なんです。 どうしても 2時迄に 教会に行かないと。。。(涙)」 と フロントの お姉さんに訴える TJママ。 フロントの お姉さんは 「何とか探しますから、部屋で 連絡を待っててくださいね。」 と 言うのみ。 うぅ〜ん、どうなるんだ?

もうこの時点で TJ ママは パニックである。 「息子の結婚式に自分の ミスで 欠席するなんて。。。」と 涙、ナミダ。 更に TJ 兄や 花嫁である H の携帯電話に 電話をし始め 「ごめんなさい、式には 間に合わないわ。。。 本当に ゴメンなさい、許してちょうだい(涙)。」 なんて 留守電に メッセージを残している。

ワタシは 変な所が 楽天的なので 「結婚式は 出られなくても、とりあえず 披露宴会場には 居るんだから、披露宴には絶対に遅れないし。。。」 と 慰めにならない 慰めの言葉をかけてる始末。

その数分後、再び 「なんとかならないものか」 と 希望を持って フロントに立った 2人の前に現れたのが、ヘーゼルウッド・カッスルの マネージャーである。 TJママが事情を話すと 「タクシーはまずつかまえるのは 無理だね。 ボクが教会まで送ってあげましょう。」 と ランドローバーを ホテルの前に横付けに!

ってことで、ワタシと TJ ママは 結婚式用の ドレスに身を包み、ドロドロの ランドローバーに揺られて 式開始 予定時刻より 数分遅れて教会に到着。 花嫁 H は TJ ママの連絡を受け、我々が 到着するまでは 式は延期。 リムジンに乗ったまま、近所を グルグル徘徊しておりました。 やっと TJママの 帽子も無事 彼女の頭に乗り、式が始まりました。

(実は、最近 発覚したのですが、この帽子。 B&B に 忘れたのではなく、車の トランクに 入っていたらしい(汗)。 TJ パパは わざわざ B&Bまで 帽子を とりに行く必要も 無かったし、ワタシと TJ ママが 式に遅れそうになる事も なかったのねー、本当は。 シッカリしてくれー、ママ! )

この教会は、メソジスト教会で、牧師さんは ナント 女性!
ワタシの慣れている カソリックの式 とは違い、かなり短時間で終了です。  ステキな 式でしたよー。

式 終了後は、再び(笑) ヘーゼルウッド・カッスル に戻り、皆が カクテルを楽しんでる間に 写真撮影。 その後 ディナーが始まり、珍しい事に ダンスは無しで 司会(ベスト・マン と メイド・オブ・オーナー)による クイズ・ショー。 なんか、日本の 披露宴みたい。。。

その後は もう 自由行動になり、話をしたり お酒を飲んで 盛り上がりまくりっ

ワタシと TJ は 午前 1時頃まで 起きていたでしょうか。
さすがに 疲れてきたので 部屋に戻り、天蓋付きの 『お姫様ベッド』 にて 眠りに付きました。

翌日、TJ 兄「夫妻」は ハネムーンに お出掛け。

TJ 両親と 我々は、荷物を 何とか TJ両親の トランクに詰め込み、入りきらなかった ものは 後部座席の 我々のヒザの上に積み上げ、ラドローへ 帰宅ー!

その後 数日、我々はラドロー周辺で ハイキングなどをして 過し、その後ブリストルへ。 まだ家が売れてないのねー(汗)。

ブリストルでは、ワタシ達の 結婚式場探し。 アシュトン・コートやら、ブリストル大学の オランジェリーやら、色々見て回った結果、とりあえず オランジェリーに 決定。 後は 遠隔コントロールにて、色々 決めて行くしか 無いわねー。

10日間の 英国滞在を終え、TJ 両親に わざわざ ヒースローまで 見送りに来てもらい、TJ と ワタシは 再び日本へ。

それにしても、インチェン空港(韓国)って、日本円が 使えるのねー。 知りませんでした(汗)。

日本円しか 現金で持たず 「ジュース1つに クレジットカードはどうか?」 と 思った我々 2人。
ノドが 乾いても お水で 我慢して いたのですー。

キムチとか 韓国海苔とか、買って来れば 良かったなー。 免税店で。。。

← J & H ヘーゼルウッド・カッスルにて。



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